今年、男子の後厄を迎える私ですが、今まで生きてきた41年間、ジャンルを問わず、名作、名盤、名画といわれる類を、ほとんど通らず過ごして来たなあ…最近、そう思う機会が増えました。せいぜい受験勉強の頃に、あらすじや作者を暗記したくらいでね。映画もそうなんですよねえ~。いわゆる「日本映画100選」「洋画ベストテン」とかに選ばれてる映画ってほとんどと言っていいくらい、観てないんですよね。
何でこんな書き出しかというと、先日『砂の器』を観たんですよ。
それが、あまりにも凄まじく魂を揺さぶる作品だったんですよ。
昨年、丹波哲郎さんが亡くなった時、cocoaさんのブログで、
追悼の意味も込めて『砂の器』の記事があったんですよ。
ジャケ写を見て、いつか観なきゃ…そんな風に感じたんですよね。
丁寧に作られてたんですが、正直、中盤ぐらいまでは退屈でした。
俺が思う、悪い意味での「日本映画」のイメージっていうのかな…
ところが、後半1時間40分を過ぎてからは…凄まじかったです。
これは、小説や、テレビドラマでは描けませんね。
テレビ画面で、これほど魂揺さぶられるんだから、
スクリーンで観たら、俺…どうなっちゃうんだろ…って、感じかな…
この映画には、いくつかの重たいテーマがあると思うんですが、
俺が、まず最初に揺さぶられたのは“父と子”ですね。
本浦千代吉(加藤嘉)は、らい病(ハンセン氏病)のために、
息子の秀夫と故郷の石川県大畑村を追われ放浪の旅に出ます。
この二人の厳しく辛い旅の一端が…ほんの一端なんですが、
「宿命」という曲をバックに、台詞もなく映し出されます。
ほんと…きつかったですね…
あったかい部屋で、パソコンのキーボード打ってる今の俺には、
すぐには現実味を感じない映像のはずなんですが、
あの映像に描かれている“父と子”は“親父と俺”なんですよ。
俺の親父はらい病じゃないし、俺達はあんな旅はしていません。
でもね…あの映画を観て、自分達と重ね合わせてしまうんですよ…
今西警部補(丹波哲郎)が、国立療養所の千代吉を訪ねます。
音楽家として成長した息子(加藤剛)の写真を見せますが、
千代吉は涙ながらに「こんな子は知らない」と叫びます。
らい病のために、我が子と離ればなれにされた千代吉…
ずっと我が子の身を案じ続けた千代吉が「知らない」という辛さ…
これが「宿命」なのですか…だったら、あまりに辛すぎる…
“父と子”の「宿命」って何なのか…
“親父と俺”にも背負ってる「宿命」があるのか…
俺達はどんな「宿命」を背負ってるんだろう…
そんなことを感じずにはいられませんでしたね。
映画を観てから何日か経ってるんですが、いまだに引きずってます。
もうひとつ強く感じたのは“差別と偏見”です。
千代吉親子が放浪の旅をしていた戦前は、
らい病は不治の病で感染すると言われたため、
患者は隔離され、家族を含めてひどい差別を受けたそうです。
数年前にハンセン氏病患者のドキュメンタリー映画を観たんですが、
想像を絶する酷さを感じたのを覚えています。
数年前にホテルの宿泊拒否の問題もあったように、
遠い昔の話しではありません。
らい病だけじゃなく、今でもたくさんの差別と偏見ってあるよね。
毎日テレビで繰り返されるいじめの問題だってそうですよね。
もちろん、俺自身の中にも、差別や偏見は存在してると思う…
そのことにも気づかせてくれる映画だって、俺は感じたな…
他にもたくさん感じたことはあるんだけど、最後にひとつだけ。
千代吉親子が辛い放浪の旅を続けるんだけど、
二人が疲れ果てて歩いている景色の、無情なほどの美しさ…
本当にね…哀しいくらいに美しい風景なんだよね…
生きていくって…なんでこんなにも無様で…
だけど…なんでこんなにも尊いんだろう…
そんなことを重くと問いかけてくる映画でした。
重い話題を軽目に書くっていうのをめざしてるんだけど、
いやあ~やっぱり難しいねえ~(笑)
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