満月の夕 / ソウル・フラワー・ユニオン
早いもんだぜえ~っ!気がつけば…え…?
もう、1月も半分過ぎちゃったのお~~~?
…ってな時季に、よォーやく今年初の書き込みであります。
もう新年のあいさつじゃないですが…今年もよろしくです。
今年の盛岡は暖冬に慣れた身にはこたえる寒さが続いてですね。
今朝の最低気温は氷点下11.2度と、この冬一番を更新。
そんな中、今朝は仕事で6時30分前には家を出なくちゃならず、
愛犬メイの散歩は5時20分スタート。
当然、外は真っ暗で、道路はスケートリンクのようにツルツル。
冷えた体を朝風呂で温めるのが日課なんですが、
今朝5時50分頃、束の間のバスタイムに防水ラジオをつけると
DJは阪神大震災のことを話してました。
そうだよな…13年前の5時46分だったんだよな…
こんな寒い季節に、あんな大惨事が起きたんだよな…
13年前、震源地から遠い遠い盛岡で、朝のニュースで地震を知り、
昼のニュースで、まだ燃えやまない炎を見て愕然としました。
夕方のラジオは、被災地情報となってました。
ことの大きさが実感できず、ただただ驚いてた気がします。
こんな寒い季節だったんですね…
今朝のラジオで、阪神大震災にちなんだ曲としてかかったのが、
ソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」でした。
俺、この曲を始めて知ったのは、震災から12年半も過ぎた
昨年の夏、盛岡での、ソウル・フラワー・パルチザンのライブ。
リクオ目当てで行って、あの日ただ一度しか聴いてなかったけど、
半年ぶりにこの曲を聴いてインパクトがよみがえりましたね。
俺、中川の歌っつーか、声って、インパクトあり過ぎて、
あまり好みではないんですが、今日は染みましたね…
13年経った今聴いて感じるんだから、この曲がリリースされた
当時、この曲を聴いたら…何を感じたんだろう…俺は…
何ていうか…音楽の力を感じましたよ…
あの日、犠牲にあわれた方…今も、傷みを抱えてる方…
言葉にするのは難しいですが…
「満月の夕」に心を持ってかれた…それが俺の思いです。
今日の盛岡は、半分かけたお月様がくっきり光ってました。
寒いからかな…すっごくきれいなお月様でしたよ。
神戸の空も照らしてるかな…
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コメント
私はあの当時兵庫県の高校に通っていたので、先生や友人なども大勢被災して、その年に教育実習で来てくださった先生が亡くなりました。当時はすごく大人に見えた先生だけど、今思えば大学4年生、まだまだ未来ある若者だったんですよね。。
実家は大阪市内でたいした被害がなかったためか、朝のニュースを見ていてもなんだか実感が湧かず、「学校どうなっちゃうんだろう…」って漠然と不安感に包まれていたのを今でも憶えています。
もう13年経つんですよね。完全に傷が癒えたわけではないだろうけど、神戸は随分元気になっていますよ。
投稿: ayako | 2008年1月18日 (金) 01時03分
そうですね、もう13年もたつんですね・・・
大阪の東部に住んでいた私も、食器がぐちゃぐちゃになり、テレビが床に転げ落ち、ガスが止まり・・・消息不明の友人もいて、とにかく不安な空気がその後ずっと充満していました。
当時FMラジオもただ曲を流すのみ・・・その後ずっと復興情報をはさんだ特別番組の日々が続きました。
当時とリンクする歌は、ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」、L-R「HELLO, IT'S ME」、KAN「すべての悲しみにさよならするために」そして、震災翌日の朝ちょうど24時間後に流れていたのがChage&Askaの「On Your Mark」だったのがとても印象的で・・・
昨年本当に久しぶりに訪れた神戸三宮駅前は、とても元気な街に見えました。
投稿: くりちゃん | 2008年1月18日 (金) 09時38分
あの時は東京でもちょっと揺れたんですけど、正直言ってそれほどの事とは思わずに仕事に出かけたんです、俺。
で、職場に着いてニュースを見たら、いきなり高速道路の高架が横倒しになってる映像が出てきて、体が固まってしまったのを今でも憶えてます。
99年に麗蘭のライブを見に神戸に行った時も、ちょっと歩くと震災で崩れたビルがまだ残ってたりしてて、改めて被害の大きさを実感しましたね。
13年か…。亡くなった方のご冥福をお祈りするとともに、うちも非常用の備えを整えておかなきゃなって改めて思いました。
投稿: Y.HAGA | 2008年1月19日 (土) 09時35分
風が吹く 港の方から
この歌い出しのところを聴くと…何ヵ月も咳が止まらなかったことをいつも思い出します。1キロ程の所にあった浜で、倒壊した建物の木材や家具を燃やしていて…浜風に乗ってその煙がやってきていました。
阪神間は盛岡ほど寒くはないですが、あの日はやっぱり寒かったです。早朝の地震後、同じくらいの規模かそれ以上の地震がまた来ると言われてて、昼も夜もずっと玄関のドアを開けっぱなしにしていたので…私にとってはやっぱり寒い冬でした。でも…何ヵ月もテントで過ごしていた方達はもっと寒かったと思います。その寒さをしのぐため…暖を取るための焚き火に吹きつける浜風…怖かったと思います。“焼けあとを包むようにおどす風”…あの日々の空気間や匂いが、とてもよく表されている歌だと思います。
昨夜の放送で流れた「満月の夕」…観ました。地震直後から体を運んで、あの地に立って、歌い続けている彼らは…被災地の方々にとっては、きっと“仲間”なんだろうな…そう感じました。
投稿: Silver girl | 2008年1月19日 (土) 10時13分
★ayakoさん
そっかあ…ayakoさんは、兵庫で高校生だったんだあ…
自分が若い頃に感じた大人の年齢って、今になって思えば、
今の自分よりもずっとずっと若いんだよねえ~。
漠然とした不安感…なんか、わかる気がしますねえ~。
13年…そこで暮らしてる人にとっては、どんな長さなんだろ…
★くりちゃん
岩手も三陸沖とか地震が多いんだけど、
ライフラインが止まる地震は、俺はまだ経験ないんですよね。
地震直後だとFMは音楽専門だったんですね…はじめて知りました。
リアルタイムでかかってた音楽ってインパクトでかいんだろうな…
元気になった神戸にも、いつか訪れたいと思います。
★HAGAさん
そうだよね…朝の段階では、こんなに大きな被害だと思わないよね。
99年でも、崩れたビルがそのままだったんだ…
ほんと…備え、きちんとしとかなきゃねえ~。
そうそう、一昨日、NHKでソウルフラワーの「満月の夕」の昨年末の
演奏を流したんだけど、ピアノはロン毛のリクオでしたよ。
★Silver girlさん
浜で燃やしてたんだ…“焼けあとを包むようにおどす風”…
そこにいた人じゃないと生み出せない言葉だよね。
「満月の夕」の、哀しいんだけど、力強い…あのウタヂカラ…
あそこで聴いてた人の表情を見て、なんかわかる気がしたな…
普段、ロックとかとは無縁であろう人達が、一緒に歌ってた…
焼け跡で生まれ育った魂の歌…そのたくましさを感じました。
投稿: RE2O | 2008年1月20日 (日) 11時03分